「商圏調査をしてほしい」と言われたとき、話が食い違いやすいのは、この言葉が2つの別の作業を指しているからです。ひとつは「うちの店にはどこから人が来るのか」という範囲を決める作業。もうひとつは「その範囲に何人いて、いくら使うのか」という中身を数える作業です。前者を飛ばして後者だけをやると、半径3kmという根拠のない円の中の人口を、精緻な数字として報告することになります。

この記事では、商圏調査を範囲と中身の2工程に分け、それぞれ無料の公的データでどこまで到達できるのかを整理します。商圏分析全体の流れから確認したい方は、商圏分析のやり方 完全ガイドにデータ入手から出店判断までの手順をまとめています。

結論

商圏調査は「範囲を決める」と「中身を数える」の2工程です。中身を数える側は、国勢調査・経済センサス・家計調査といった公的統計だけでほぼ全部が無料で組めます。無料で埋まらないのは範囲を決める側で、とくに①実際の顧客がどこに住んでいるか ②時間帯ごとに何人が動いているかの2つは公的統計には存在しません。この2つを持っていない状態では、範囲は「円」か「到達圏」で仮置きするしかありません。だからこそ、仮置きであることを資料に明記しておくのが、後から数字を疑われないための一番の近道です。

この記事の要点
  • 官公庁が商圏調査の項目をまとめて示した資料は、中小企業庁「実践行動マニュアル」(平成15年11月)のⅠ-5.商圏調査がほぼ唯一。ここに商圏設定の5要因が並んでいる
  • 同マニュアルは商圏について「半径○○kmといった単純な形ではなく…不規則な雲型になります」と明記している。円は近似であって定義ではない
  • 1次商圏・2次商圏という区分に公的な定義は見当たらない。業界の慣用表現なので、自分で「何%が来店する範囲か」を決めて資料に書く必要がある
  • 範囲の切り方で母数は桁が変わる。見晴のデモ4店舗の実測では、半径4km圏32.1万人/徒歩10分圏1.7万人/車15分圏37.6万人(夜間人口・2026年7月23日実測)で約22倍の開きがある
  • 中身を数える統計は更新の周期がばらばら。国勢調査の確定メッシュ人口は令和2年(2020年)が最新で、商業統計は平成26年調査を最後に廃止されている。年次を書かない商圏レポートは検証できない

商圏調査は2つの作業に分かれる

商圏調査という言葉が指す作業は、順番に並べると次の2つです。

1

範囲を決める

どこまでを自店の商圏とみなすかを設定します。円で切るのか、徒歩・車の到達時間で切るのか、実際の顧客の住所から描くのか。ここで置いた前提が、以降のすべての数字を規定します。

2

中身を数える

決めた範囲の中の人口・世帯・年齢構成・競合の店舗数・世帯あたりの支出額を集計します。公的統計を当てはめる作業で、手順はほぼ機械的です。

依頼する側が想像しているのはたいてい2番です。ところが調査の精度を決めているのは1番のほうで、範囲を1km広げるだけで母数は面積比で2倍以上に跳ねます。見晴のデモ4店舗で実測した数字がわかりやすい例です。

範囲の切り方夜間人口半径4km圏との比
徒歩10分の到達圏1.7万人約0.05倍
半径4kmの円32.1万人1.0倍
車15分の到達圏37.6万人約1.2倍
見晴のデモ4店舗・夜間人口の実測値(2026年7月23日)。夜間人口は国勢調査(令和2年)の500mメッシュ人口をもとに算出した推定値です。到達圏は道路網に沿った形になるため、円とは面積も形も一致しません。

同じ店について、徒歩10分と車15分では母数が約22倍違います。どちらが正しいという話ではなく、業態によって使う範囲が違うだけです。徒歩来店が中心の業態で車15分の人口を持ち出せば、実力を20倍以上に見積もった資料ができあがります。

国が示している商圏の定義と設定要因

商圏調査には法令も告示もありません。大規模小売店舗立地法の条文にも、同法の指針(平成19年経済産業省告示第16号)にも、「商圏」という語は1度も出てきません。官公庁がまとまった形で調査項目を示している資料としては、中小企業庁の「実践行動マニュアル」(平成15年11月)のⅠ-5.商圏調査があり、ここに定義が置かれています。

商圏の定義(原文)
「来街・来店しているお客さまの居住範囲を『商圏』と呼びます。商圏には現在お客さまが来ている地理上の範囲である現状の商圏と、新たなお客さまとなる可能性を持つ潜在商圏があります。又、商圏は各店舗の規模や業種業態によって異なり、一般的に最寄品は狭く、買回り品は広くなります」
出典:中小企業庁「平成15年度 実践行動マニュアル」Ⅰ-5.商圏調査(chusho.meti.go.jp

この定義には2つの含みがあります。ひとつは商圏が「来ている人の居住範囲」であって、店から引いた円ではないこと。もうひとつは現状の商圏と潜在商圏を分けていることです。新規出店で調べるのは後者で、既存店で測れるのは前者です。同じ「商圏調査」でも、この2つは手順がまるごと違います。

商圏の形についての原文
「商圏は半径○○kmといった単純な形ではなく、上記の各要因の影響から、不規則な雲型になります」。出典:同マニュアル Ⅰ-5.商圏調査

あわせて、商圏の設定にかかわる主な要因が5つに分類されています。

要因中身調べるときの手がかり
アクセス条件道路・鉄道・バス・駐車場駅の乗降客数、道路網、到達圏
競合条件同業種の分布と規模経済センサスの事業所数
地理的条件河川・鉄道・丘陵などの分断地図で物理的な壁を確認
社会生活条件通勤・通学の流れ、生活圏昼間人口と夜間人口の差
心理的条件買物先としての認知、心理的な距離公的統計では測れない
要因の分類は同マニュアルによります。右列の「手がかり」は本記事による整理です。

注目したいのは5番目です。心理的条件は公的統計にデータが存在しません。同じ距離でも「川の向こうは別の街」と感じる境目は、統計ではなく地元の人の感覚にしかありません。商圏調査を公的データだけで完結させようとすると、ここが必ず残ります。

1次商圏・2次商圏の公的な定義は確認できませんでした
実務では広く使われている区分ですが、「1次商圏=来店客の何割を占める範囲」といった定義を官公庁の資料で確認することはできませんでした。慣用表現として扱い、レポートに使うときは自分が採用した定義(何%の顧客が含まれる範囲なのか、あるいは何分圏なのか)を明記するのが安全です。定義を書かずに「1次商圏」とだけ書かれた資料は、読み手が検算できません。

範囲の決め方は3通りしかない

実務で使われている範囲の決め方は、次の3つに整理できます。

決め方必要なもの向いている場面弱点
円(半径○km)店舗の位置だけ候補地が多く、まず粗く並べたいとき川・線路・幹線道路の分断を無視する
到達圏(徒歩○分・車○分)道路ネットワーク実際の来店手段が決まっているとき渋滞・時間帯の差を反映しない
実勢商圏(顧客の住所分布)自店の顧客データ既存店の実力を測るとき新規出店では作れない

新規出店では3番目が使えないため、円か到達圏のどちらかで仮置きすることになります。円と実勢がどれくらいずれるかは円商圏と実勢商圏のズレで扱っています。既存店があるなら、まず実勢商圏を描いてから、それに近い円か到達圏の設定を逆算するのが精度も説明力も高くなります。

到達圏を使う場合、鉄道利用が多い立地なら駅ごとの乗降客数を重ねると輪郭が見えやすくなります。国土数値情報の駅別乗降客数(S12)は無料で入手でき、駅の乗降客数を無料で調べる方法に手順をまとめています。見晴が収録しているのは令和6年版(最新年次=令和5年度の1日平均乗降客数)の1都3県1,621駅ぶんです。

「乗降客数」と「乗車人員」は別の数字です
国土数値情報の乗降客数は乗車と降車の合計です。一方、JR東日本などの鉄道会社が公表している「乗車人員」は乗車のみで、おおむね半分の値になります。出典をまたいで比較すると、駅の規模を2倍に見誤ります。

中身を数える。無料の公的統計とその年次

範囲が決まれば、中身は公的統計で数えられます。ここは無料でほぼ全部そろいます。ただし調査の周期が統計ごとに違うため、レポートに年次を書いていないと後から検証できません。2026年8月時点で使える最新年次は次のとおりです。

知りたいこと統計最新年次(2026年8月時点)
人口・世帯・年齢構成国勢調査(500mメッシュ)令和2年(2020年)確定値
昼間人口国勢調査(従業地・通学地集計)令和2年(2020年)
競合の事業所数・従業者数経済センサス活動調査 令和3年(2021年)/基礎調査 令和6年(2024年)
世帯あたりの支出額家計調査年次 2025年
費目別の詳細な消費構造全国家計構造調査2024年
所得水準市町村税の課税状況(自治体公表)自治体により異なる
小売の売場面積・年間販売額商業統計調査平成26年(2014年)調査で廃止
令和7年(2025年)国勢調査は速報の公表が進んでいますが、500mメッシュまで割った確定集計はまだ先です。商圏の母数として使える確定値は令和2年が最新です。所得水準は国の統計ではなく自治体が公表する市町村税の課税状況を使います(例:埼玉県「市町村税の概要 令和5年度版」の納税義務者1人あたり総所得金額)。

この表でいちばん引っかかりやすいのが最終行です。商業統計調査は平成26年調査を最後に廃止されており、「最新の売場面積」は存在しません。商圏レポートに売場面積の全国比較が載っていたら、10年以上前の数字か、別の統計からの推計です。どちらなのかを確認してください。

人口を実際に出す手順は商圏人口の調べ方。無料で算出する4ステップに、メッシュ人口そのものの入手手順は国勢調査の500mメッシュ人口を無料で入手する手順にまとめています。昼と夜で人口が入れ替わる立地では昼間人口と夜間人口の違いと調べ方もあわせて確認してください。

無料ツールで到達圏はどこまで切れるか

「範囲を決める」工程も、到達圏までなら無料の公的ツールで切れます。e-StatのjSTAT MAPは、到達圏の設定範囲を操作説明書で明示しています。

移動手段設定できる時間設定できる速度
自動車5〜30分時速30〜80km
徒歩1〜60分時速1〜20km
「地図で見る統計(jSTAT MAP)操作説明書」版数2.7(2026年7月)による。分の指定は整数のみ。注意書きに「クリックした地点付近に道路がないと認識された場合は、エリアが表示されません」とあります。速度は自分で決める値なので、レポートには時間だけでなく設定速度も書き残してください。

ログインしなくても統計グラフ作成・エリア作成は使えますが、データの保存・インポート・エクスポートとリッチレポート(地域分析レポート)はログインが必要です。リッチレポートで選べる調査年次は国勢調査が令和2年まで、経済センサスが令和3年までで、上の表と一致します。集計は小地域統計データを面積按分して算出する方式です。詳しくはjSTAT MAPの使い方とできること・できないことにまとめています。

徒歩の分数を距離に直すときの目安
不動産広告では、徒歩の所要時間の換算方法がルールとして定められています。不動産の表示に関する公正競争規約施行規則は「徒歩による所要時間は、道路距離80メートルにつき1分間を要するものとして算出した数値を表示すること」としています。分速80m=時速4.8kmです。物件広告の「徒歩10分」と商圏調査の「徒歩10分圏」を並べるなら、この換算に合わせておくと読み手が混乱しません。なお信号制御で使われる歩行速度は秒速1メートル(=分速60m)で、こちらとは値が違います。

もう1つの無料ツールが、経済産業省と内閣官房が提供するRESAS(地域経済分析システム)です。2026年6月時点で7種類のマップ・40種類のメニューが公開されており、ID登録などの事前手続なしにすべて無料で使えます。商圏まわりでは、マーケティングマップの滞留人口メッシュ分析・通過人口メッシュ分析・将来人口メッシュ分析・事業所立地分析が該当します。2026年6月18日にはクレジットカード消費地分析・消費額分析・地域経済総合分析が追加され、選択した地域の入込人数や消費単価も見られるようになりました。

無料では埋まらない2つの穴

公的統計だけでは、どうしても埋まらないものが2つあります。ここを認識せずに「無料で商圏調査は完結する」と考えると、後で判断を誤ります。

1

実際の顧客の住所分布

自店の会員データやポイントカードにしか存在しません。公的統計は「そこに住んでいる人」を数えているだけで、「そこから来店した人」は数えていません。

2

時間帯別の人流

国勢調査の昼間人口は「常住地と従業地・通学地」の集計であって、平日18時に何人いるかではありません。時間帯まで割った滞在人口は、携帯電話の位置情報を使った民間データが中心です。

1つ目は既存店があるなら自分で埋められます。会員データの住所を緯度経度に変換すれば、実勢商圏を描けます。住所から緯度経度への変換は、国土交通省の位置参照情報を使えば無料でできます(見晴は2025年版・1都3県21,473丁目ぶんを端末内に持ち、顧客の住所を外部に送信せずに変換しています)。

2つ目は、無料の範囲では代替を置くしかありません。昼間人口と夜間人口の差、駅の乗降客数、通行量調査を組み合わせて「昼に増えるか減るか」までは判断できます。時間帯まで細かく必要な用途(例えば深夜営業の可否判断)は、民間の人流データを買うかどうかの検討に移ります。

半日で終える進め方

商圏調査は、道具をそろえてから始めると際限なく広がります。次の順番で進めると、1か所あたり半日ほどで結論まで到達できます。

1

先に判断の基準を書く

「徒歩10分圏に○万人いなければ見送る」のように、調べる前に合格ラインを決めます。数字を見てから基準を決めると、判断は必ず出店したい方へ寄ります。

2

範囲を1つ選ぶ

来店手段から決めます。徒歩来店が中心なら徒歩10分圏、ロードサイドなら車15分圏。両方を出すのは構いませんが、判断に使うのはどちらか一方だと先に決めておきます。

3

母数を出す

範囲内の夜間人口と昼間人口を集計します。年齢構成が効く業態なら、5歳階級まで割っておきます。

4

競合を数える

経済センサスの事業所数を、母数と同じ範囲で集計します。人口1万人あたりの店舗数に直すと、他の候補地と横並びで比較できます。

5

購買力をかける

家計調査の該当費目の月額支出を、範囲内の世帯数にかけて市場規模の目安にします。これは推定値なので、資料には必ず「推定」と書きます。

6

1で決めた基準と照らす

合格ラインに届いたかどうかだけを結論に書きます。届かなかった理由の分析は、次の候補地を選ぶ材料として別に残します。

複数店を展開している場合は、自店同士で商圏が重なる範囲もこの段階で見ておきます。あえて重ねる戦略もあるので、重なり=失敗ではありません。考え方はドミナント戦略とはで扱っています。業態別の目安はスーパーの商圏人口飲食店の商圏範囲に、来店確率を数式で配分する方法はハフモデルとはにまとめました。地点そのものの評価に進むときは立地調査とは?公的データでの進め方が続きになります。

よくある質問

Q. 商圏調査は無料でできますか。
A. 中身を数える工程はほぼ無料でできます。国勢調査・経済センサス・家計調査はすべて無料で公開されており、地図の上で操作したい場合もe-StatのjSTAT MAPが無料です(データの保存とリッチレポートだけログインが必要)。到達圏も、jSTAT MAPなら自動車5〜30分・徒歩1〜60分の範囲で切れます。RESASも事前登録なしで全メニューが無料です。無料で埋まらないのは、実際の顧客の住所分布と時間帯別の人流の2つです。前者は自店の会員データがあれば自分で作れます。

Q. 商圏は半径何kmで切ればよいですか。
A. 公的な決まりはありません。中小企業庁のマニュアルは「商圏は半径○○kmといった単純な形ではなく…不規則な雲型になります」と明記しています。見晴のデモ4店舗の実測でも、半径4km圏の夜間人口32.1万人に対し徒歩10分圏は1.7万人、車15分圏は37.6万人で、切り方によって母数が約22倍変わります。円で集計する場合は、便宜的な近似であることをレポートに書いておくのが安全です。

Q. 1次商圏・2次商圏の定義はどこで決まっていますか。
A. 官公庁の資料では公的な定義を確認できませんでした。業界の慣用表現として扱われているため、使う場合は自分が採用した定義を明記してください。定義が書かれていないと、読み手は数字を検算できません。

Q. 商圏調査で使う統計はいつのものが最新ですか。
A. 2026年8月時点では、国勢調査の確定値が令和2年(2020年)、経済センサスは活動調査が令和3年(2021年)・基礎調査が令和6年(2024年)、家計調査の年次結果が2025年です。令和7年国勢調査は速報の公表が進んでいますが、500mメッシュまで割った確定集計はまだ先です。なお商業統計調査は平成26年(2014年)調査を最後に廃止されており、それ以降の売場面積の全国調査はありません。