商圏分析を調べていくと必ず出てくるのがハフモデルです。「半径◯kmで商圏を切る」という素朴なやり方に対して、ハフモデルは近くの競合店との綱引きを確率で表すという発想を持ち込みました。日本では大型店の出店調整に長く使われ、いまも商圏分析の教科書的な手法として名前が挙がります。
一方で、ハフモデルは1960年代に作られたモデルであり、日本の公的制度での役割はすでに終わっています。この記事では、原典の計算式と変数の意味を確認したうえで、日本独自の「修正ハフモデル」が何をどう変えたのか、そしていま自分の出店判断に使おうとしたときに何が足りないのかまでを、学術原典と官公庁資料で整理します。商圏分析の全体の流れから確認したい方は、商圏分析のやり方 完全ガイドにデータ入手から出店判断までの手順をまとめています。
ハフモデルは、「ある店に行く確率は、その店の売場面積に比例し、距離のべき乗に反比例する」という1本の式です。式そのものは単純ですが、実務で効くかどうかは距離抵抗係数(λ)を自分のデータで推定できるかにかかっており、提唱者のHuff自身が「パラメータが恣意的に割り当てられ、統計的に推定されることは稀だ」と指摘しています。日本で「修正ハフモデル」と呼ばれてきたものは、このλを一律2に固定した通商産業省の運用版で、根拠だった大規模小売店舗法は2000年に廃止済みです。現在の公的制度はハフモデルを使っていません。いまの実務では、まず到達圏の実人口を数えるほうが先で、ハフモデルは競合との取り合いを見たいときの補助線と考えるのが安全です。
- 原典は Huff, D.L. (1963)「A Probabilistic Analysis of Shopping Center Trade Areas」Land Economics 39(1)。店の効用=売場面積÷距離とし、選択を確率で表した
- 日本の「修正ハフモデル」=通商産業省モデルの変更点は2つだけ。所要時間を距離に置き換え、距離抵抗係数を2に固定した(1979年の審査指標)
- 根拠法だった大規模小売店舗法は大規模小売店舗立地法により廃止(2000年6月1日施行)。現行の指針解説にハフモデルの記載はなく、来客数は原単位方式で扱われている
- λの目安は業態や店舗規模で変わる。学術的には1.0〜5.0の幅があり、実証例では大型店ほど小さい(面積3.2万平方メートルの店で1.53、9,700平方メートルの店で2.98)
- jSTAT MAPにもRESASにもハフモデルの計算機能はない(公式マニュアルに記載なしを確認)。公的な無料ツールでできるのは到達圏の人口集計まで
ハフモデルとは:原典と考え方
ハフモデルは、アメリカの経済学者 David L. Huff が1960年代に提唱した商圏推定モデルです。最初のまとまった発表は1962年のカリフォルニア大学ロサンゼルス校のモノグラフで、一般に原典とされるのは1963年の論文「A Probabilistic Analysis of Shopping Center Trade Areas」(Land Economics 第39巻1号、81〜90ページ)です。
それまで商圏推定の定番だったのは、2つの都市の間で商圏の分岐点を求めるライリーの法則でした。Huffはこれに対して、分岐点で商圏をきれいに二分するのではなく、どの店にも一定の確率で客が流れると考えました。Huff本人が2003年に寄稿した解説では、モデルの前提を次のように説明しています。
ここが素朴な円商圏との根本的な違いです。円商圏は「半径3km以内は自店の商圏」と線を引きますが、ハフモデルは同じ地点の住民でも、隣に大型店ができれば自店に来る確率が下がるという形で競合を織り込みます。円で切ることの限界そのものは円商圏と実勢商圏はどれだけズレるかで扱っています。
計算式と変数の意味
ハフモデルの式は、Huff本人の表記では次の形です。地点iの消費者が店舗jを選ぶ確率をPijとします。
Sj=店舗jの売場面積/Dij=地点iから店舗jまでの距離/α・βは実データから推定されるパラメータ(βは負の値)。分母は候補となるすべての店舗についての合計。
日本の学術文献では、距離ではなく所要時間を使い、距離側のべき指数をλと書く形が一般的です。こちらのほうが直感的かもしれません。
Tij=地点iから店舗jまでの所要時間/λ=距離抵抗係数(時間の弾性値)。λが大きいほど、遠い店が選ばれる確率が急激に下がる。出典:藤目節夫「確率的商圏設定モデルの構造に関する研究」地理学評論 54巻1号、22〜33ページ、1981年(J-STAGE)
変数は3つだけです。売場面積S=店の魅力度、距離または時間D/T=行きにくさ、λ=行きにくさをどれだけ嫌がるか。Huffは商品の性質によってλが変わることも指摘していて、日用品のような最寄品ほどλは大きく(近い店が強い)、専門品ほど小さくなる(遠くても行く)としています。この感覚は業態別の商圏の広さの違いと一致していて、コンビニの商圏人口と商圏範囲の目安とスーパーの商圏人口と商圏範囲の目安を並べると差がはっきりします。
修正ハフモデルは2つの意味で使われている
ここが混乱しやすいところです。日本語で「修正ハフモデル」と言うとき、まったく別の2つのものが同じ名前で呼ばれています。
| 呼び方 | 何を変えたか | 魅力度の変数 |
|---|---|---|
| 修正ハフモデル その1 =通商産業省モデル | 所要時間Tを距離Dに置き換え、λを個別推定せず2に固定した | 売場面積のみ |
| 修正ハフモデル その2 =学術的な拡張(ハフ型モデル) | 売場面積側にも弾性値パラメータを付け、推定できるようにした | 売場面積(+拡張形では他要因) |
日本の商圏分析の文脈で「修正ハフモデル」と言えば、ふつうはその1(通商産業省モデル)を指します。学術論文はこの変更点を次のように明確に記述しています。
実務系の記事では「修正ハフモデルは営業時間やブランド力など売場面積以外の魅力度も取り込む」という説明をよく見かけますが、これはその2(学術的な拡張)の話であって、通商産業省が大型店の出店調整で使ったモデルの説明ではありません。通商産業省モデルの魅力度変数は売場面積だけです。この違いは一次資料で確認できます。
日本の制度での役割はすでに終わっている
通商産業省モデルは、大規模小売店舗法(大店法)に基づく出店調整の判断材料として使われました。国会会議録をたどると、その経緯がはっきり残っています。
| 時期 | できごと |
|---|---|
| 1979年6月 | 通商産業省が「審査指標」を作成。この中に修正ハフモデルが含まれる |
| 1984年3月 | 大規模小売店舗審議会の「審査要領」を制定・公表 |
| 1991年 | 審査要領の抜本的な見直しに着手(審査指標部会を設置) |
| 1998年 | 大規模小売店舗立地法(平成10年法律第91号)成立。附則第2条で大店法を廃止 |
| 2000年6月1日 | 大規模小売店舗立地法 全面施行 |
重要なのは、法律の目的そのものが変わったことです。経済産業省の解説によれば、大店法の「中小小売業の事業活動の機会の適正な確保」から、大規模小売店舗立地法の「大規模小売店舗の立地がその周辺の地域の生活環境を保持しつつ適正に行われることの確保」へと目的が変更されました。商業調整という目的が法律上なくなったため、既存店への影響度を測るハフモデルを公的に使う根拠も消えています。
実際、現行の「大規模小売店舗を設置する者が配慮すべき事項に関する指針」の解説(平成19年5月)を全文検索しても、ハフモデルの記載は1件もありません。代わりに来客数の推計に使われているのは店舗面積当たりの日来客数原単位(人/千平方メートル)を人口規模・用途地域・店舗面積で区分した表で、確率的な商圏推定を経ない単純な方式です。
もう1つ実務に効く変化があります。ハフモデルの入力になる売場面積のデータ源だった商業統計調査が、平成26年(2014年)調査を最後に廃止され、経済構造実態調査へ統合されました。競合店の売場面積を全国一律の統計から拾う、という前提自体が現在は成り立ちません。
距離抵抗係数λをどう決めるか
ハフモデルを実際に回すとき、結果を左右するのはλです。ところが業態別のλの目安値を示した現行の公的資料は見当たりません。公的に固定値が使われた唯一の例が、前述の通商産業省モデルのλ=2です(ただし当時の審査指標にも、現地の買物行動調査で推計したパラメータを代わりに使ってよいという但し書きがありました)。
参考になる数値を、出所を明記して並べます。
| 出所 | λの値 | 性格 |
|---|---|---|
| 通商産業省モデル(1979年) | 2(固定) | 制度運用上の固定値。現在は根拠法が廃止済み |
| 学術的に知られる幅(1982年時点の整理) | 1.0〜5.0 | 商品によって変化するとされる範囲 |
| ArcGIS Pro 公式ドキュメント | おおむね1.5〜2 | ソフトウェアベンダーの記載。未推定時の既定値は1および1.5 |
| 沖縄本島中南部の実証(2011年) | 売場面積32,312平方メートルの店で1.53/9,700平方メートルの店で2.98 | 来訪者調査に基づく推定値。広域集客地区1.7・その他の地区2.0 |
この実証例からは、大きい店ほどλが小さい(遠くからでも来てもらえる)という傾向が読み取れます。ただし、これは沖縄本島中南部の10店舗での推定値であり、そのまま他地域の店に当てはめられる普遍値ではありません。λを他所の値で借りてくるほど、モデルの出力は「それらしいが根拠のない数字」に近づきます。
実務で使うときの限界
ハフモデルの限界は、批判者だけでなく提唱者本人からも指摘されています。中小規模の出店判断に使おうとすると、次の4点が現実的な壁になります。
- パラメータが推定されないまま使われる。Huff本人が2003年の解説で「重みづけ(変数に対応するパラメータ)はしばしば恣意的に割り当てられ、統計的に推定されることは稀である。その結果、これらの変数の統計的な有意性は不明である」と書いています。理由の1つとして、推定には出発地側の調査データが要るのに、企業が持っているのは来店側のデータだけで、競合店の集客データは通常わからないことを挙げています。
- 売場面積だけが魅力度になっている。1982年の診断学会年報は、消費者が大型店を評価した理由として駐車場の便利さ、冷暖房などの店舗施設の快適さ、セルフ・セレクション、入りやすさを挙げ、売場面積だけを吸引力とすることの妥当性に疑問を呈しています。同論文は、家具専門店のような単業種の大型店を総合大型店と同列に扱うと影響度指数が6〜9パーセント程度ずれることを実データで示しました。
- 距離と所要時間は別物である。同論文は「鉄道・バス・自家用車・自転車・徒歩等、実に多様な来街手段を利用しているのがわが国の消費者行動の現実」として、距離を一元的に使うことの乖離を指摘しています。
- 予測は実測とずれる。2011年の土木学会の研究は、大規模小売店舗立地法の届出書の予測値と実測来訪者数を比較し、実測値÷予測値が最大1.8・最小0.8・平均1.3だったと報告しています(沖縄本島中南部10店舗)。
2020年の計画行政誌のレビューは、より根本的な指摘をしています。「つまりハフモデルは重力モデルという力学のアナロジから出発した、いわば思いつきのモデルに過ぎなかった」。同論文は、距離の効き方を「べき乗」で書くか「指数」で書くかで結論が逆になることを数理的に示しており、モデルの形を選んだ時点で結果の方向が決まってしまう危うさがあります。
無料ツールでどこまでできるか
「公的な無料ツールでハフモデルを回せないか」という質問をよくいただきますが、jSTAT MAPにもRESASにもハフモデルの計算機能はありません。総務省統計局のjSTAT MAP活用マニュアルと、内閣官房のRESAS基本操作マニュアルを全文検索して、いずれもハフモデルへの言及が無いことを確認しています(2026年8月時点)。
| ツール | できること | できないこと |
|---|---|---|
| jSTAT MAP | 地点の登録、到達圏(徒歩○分など)や円・多角形のエリア作成、その中の統計の集計、レポート出力 | 競合店との相対的な選択確率の計算 |
| RESAS | 滞留人口・通過人口のメッシュ表示、人口移動のFrom-to分析、事業所立地分析 | 同上 |
つまり公的ツールで無料でできるのは「到達圏を切って、その中の人口を数える」ところまでです。そしてこれは、出店判断の土台としてはハフモデルより先に必要な作業でもあります。母数がそもそも足りない立地は、確率をどう配分しても足りません。手順は商圏人口の調べ方。無料で算出する4ステップとjSTAT MAPの使い方にまとめています。
参考までに、見晴のデモに入っている4店舗の商圏人口(夜間人口・2026年7月23日実測)は、半径4kmで32.1万人、徒歩10分圏で1.7万人、車15分圏で37.6万人です。同じ地点でも、どの到達圏で切るかで母数は20倍以上変わります。ハフモデルで確率を精緻に配分する前に、この母数の桁を取り違えていないかを確かめるほうが、判断への効き目は大きいのが実情です。競合が自社店舗である場合の取り合いはドミナント戦略とは?商圏分析で見るメリットと注意点で扱っています。
よくある質問
ハフモデルの計算式を教えてください。
地点iの消費者が店舗jを選ぶ確率Pijは、店舗jの売場面積Sjを距離Dij(または所要時間Tij)のλ乗で割った値を、候補となる全店舗について同じ計算をした合計で割ったものです。式で書くと Pij = (Sj ÷ Tij のλ乗) ÷ Σ(Sk ÷ Tik のλ乗) となります。変数は売場面積・距離(時間)・距離抵抗係数λの3つだけで、λはデータから経験的に推定するのが原型の考え方です。
修正ハフモデルとハフモデルは何が違うのですか?
日本で「修正ハフモデル」と呼ばれるものは通商産業省モデルを指すことが多く、原型からの変更点は2つです。所要時間を距離に置き換えたことと、距離抵抗係数を個別に推定せず2に固定したことです。魅力度の変数は売場面積のみで、営業時間やブランド力などは入っていません。売場面積以外の要因を取り込むのは別系統の学術的な拡張であり、同じ「修正ハフモデル」という語で呼ばれることがあるため混同に注意してください。
いまでもハフモデルは公的に使われていますか?
使われていません。根拠だった大規模小売店舗法は大規模小売店舗立地法により廃止され、2000年6月1日に全面施行されました。法律の目的が商業調整から周辺の生活環境の保持へ変わったため、既存店への影響度を測る必要そのものがなくなっています。現行の指針解説にハフモデルの記載はなく、来客数は店舗面積当たりの日来客数原単位で扱われています。