出店の稟議書、金融機関に出す事業計画、FC本部への申請書。どれにも「商圏人口」の欄があります。そして多くの場合、この数字は誰かの感覚か、どこかのツールの画面キャプチャで埋められています。「その数字の出典は?」と聞かれて答えられない商圏人口は、資料の信頼性そのものを毀損します。
商圏人口は、有償ツールがなくても公的データだけで算出できます。この記事は、当コラムの公的データ解説記事を「商圏人口を1つ出す」という目的に沿って束ねた実践編です。
商圏人口は①商圏の範囲を決める → ②国勢調査の500mメッシュ人口を入手する → ③範囲内のメッシュを合算する → ④出典・年次・推定方法を明記するの4ステップで算出できます。使うデータはすべて無料です。重要なのは数字の精度そのものより、誰でも再計算できる形で残すことです。
- 商圏人口の計算に必要な公的データは「国勢調査メッシュ人口」だけ。すべて無料
- 範囲の決め方(半径か到達圏か)で数字は大きく変わる。半径4kmと徒歩10分で約19倍違った実測例あり
- 「出典:国勢調査(令和2年)500mメッシュより算出」と書けるかどうかが資料の信頼性を決める
ステップ1:商圏の範囲を決める
最初に決めるのは数字の計算方法ではなく「どこまでを商圏と呼ぶか」です。代表的な取り方は3つあります。
| 範囲の取り方 | 向いている業態 | 注意点 |
|---|---|---|
| 半径◯kmの円 | まず全業態の第一近似として | 川・線路・坂を無視するため実態より広く出やすい |
| 徒歩◯分の到達圏 | 駅前・住宅地の徒歩来店業態 | 円よりかなり狭くなる(それが実態) |
| 車◯分の到達圏 | ロードサイド・郊外型 | 幹線道路沿いに伸びる。円と形がまったく違う |
参考に、編集部が同一地点で3通りを実測した例(見晴デモデータ4店舗・夜間人口)では、半径4km=32.1万人/徒歩10分=1.7万人/車15分=37.6万人と、範囲の取り方だけで数字が約19倍動きました。どの範囲を採るかは、顧客が実際にどう来店するかで決めてください。稟議書には「徒歩10分圏」のように範囲の定義ごと書きます。
ステップ2:メッシュ人口を入手する
人口データは国勢調査(令和2年/2020年・確定値)の500mメッシュを使います。e-Statの統計GISから無料でダウンロードできます。手順と罠(文字コード・境界データ・旧URLの404)は別記事で詳しく解説しています:国勢調査の500mメッシュ人口を無料でダウンロードする手順。
市区町村単位の人口では商圏の形と合わず、町丁目単位では集計が煩雑です。円や到達圏と重ねる前提なら、最初からメッシュで持つのが結局いちばん速い、というのが実務の結論です。
ステップ3:範囲内のメッシュを合算する
各メッシュの中心点座標を出す
メッシュコードから緯度経度を計算します(コードの桁構造で機械的に復元できます)。境界データを使う場合はポリゴンの重心でも同じです。
店舗からの距離を計算する
店舗座標と各メッシュ中心点の距離を出します。Excelなら緯度経度から距離を出す数式(ハーバサイン式)を1列、スクリプトなら数行です。
範囲内のメッシュ人口を合計する
「距離≦半径」のメッシュの人口を合計すれば、それが円商圏の商圏人口(推定)です。到達圏の場合は、到達圏ポリゴンの内側にあるかどうかで同じ判定をします。
この「中心点が入っていれば全部足す」方式は簡易法で、円の縁にかかるメッシュの扱いで誤差が出ます。500mメッシュなら半径3km以上の商圏で誤差は小さく、実務判断には十分です。より正確にしたい場合は縁のメッシュを面積按分します。
ステップ4:出典・年次・方法を明記する
最後のステップがいちばん軽視されがちで、いちばん重要です。資料には次の3点セットを必ず書きます。
- 出典:総務省統計局「国勢調査」(令和2年/2020年・確定値)500mメッシュ
- 範囲の定義:店舗から半径3kmの円(または徒歩10分到達圏 等)
- 方法と性質:メッシュ中心点法による合算・推定値
この3点があれば、1年後に誰が再計算しても同じ数字になります。逆にこれが無い商圏人口は、会議で「その数字どこから?」の一言で崩れます。数字の強さは、精度ではなく再現性から生まれます。
精度を上げたくなったら
基本の4ステップに、目的に応じて次の要素を足していきます。
- 昼の人口:ランチ・オフィス需要なら昼間人口や駅乗降客数を補助指標に
- 購買力:客単価の高い業態なら市区町村別の平均所得を加重平均で
- 実顧客との突合:既存店があるなら顧客住所をローカル座標化して、理論商圏と実商圏のズレを見る
- 到達圏化:徒歩・車の実移動時間で範囲を切り直す(円との差は上の実測のとおり)
よくある質問
Excelだけで本当にできますか?
できます。メッシュCSV・距離計算の数式・SUMIF系の合算、の3要素だけです。ただし複数店舗×複数半径を何度も回すなら、手作業のコストがツール導入費を超えていきます。
商圏人口には何%くらいの誤差がありますか?
方式による誤差(中心点法の縁の扱い)は500mメッシュ・半径3km以上なら数%程度に収まります。それより大きいのは「範囲の取り方」による差です(円か到達圏かで数倍〜数十倍)。誤差を気にする順番は、範囲→データ年次→計算方式、です。
世帯数や年齢構成も同じ方法で出せますか?
出せます。国勢調査のメッシュ統計には世帯数・年齢階級別人口も含まれているので、同じ合算手順で「商圏内の高齢者人口」「商圏内世帯数」なども算出できます。