商圏分析は、専門会社に外注するか高額なGISツールを契約しないとできない——そう思われがちですが、実際には判断に必要なデータのほとんどは公的統計として無料公開されています。足りないのはデータではなく、「どのデータを、どの順番で、どう使うか」の設計図です。

このガイドは、その設計図を1本にまとめたものです。編集部は商圏可視化ツール「見晴」を自分たちで開発・運用しており、ここで紹介する手順はすべて、実際に同じ公的データでツールのデータ基盤を構築した実務経験に基づいています。各工程の詳細は個別記事に深掘りがあるので、このページを目次として使ってください。

結論

商圏分析の全体像は①データを揃える → ②商圏の範囲を決める → ③商圏を評価する → ④広告・販促のエリアに落とす → ⑤出店判断につなぐの5工程です。①のデータは国勢調査メッシュ人口・駅乗降客数・平均所得・位置参照情報の4点セットですべて無料。重要なのは、どの数字にも出典と年次を書ける状態で進めることです。

このガイドで分かること
  • 無料の公的データ4点セットの入手先と、それぞれの落とし穴
  • 商圏範囲の決め方(円と到達圏の使い分け。実測で人口が約19倍動く)
  • 評価した商圏を、広告の配信半径と出店の稟議にそのままつなぐ方法

商圏分析とは:答えるべき3つの問い

商圏分析とは、店舗に来店しうる顧客が存在する地理的範囲(商圏)を定義し、その範囲の中身を数字で評価する作業です。手法の名前はいろいろありますが、答えるべき問いは3つしかありません。

1

どこまでが商圏か(範囲)

半径◯kmの円か、徒歩・車◯分の到達圏か、実顧客の分布か。範囲の取り方で圏内人口は桁で変わるため、ここが最初の分岐です(工程2)。

2

その中に何があるか(評価)

人口・世帯・昼夜の人の流れ・購買力・競合。商圏の「実力」を同じ物差しで測ります(工程3)。

3

だからどうするか(意思決定)

広告をどの範囲に出すか、チラシをどこに撒くか、出店するか見送るか。分析は意思決定につながって初めて意味を持ちます(工程4・5)。

逆に言えば、この3つの問いに答えない資料——地図に円を描いただけ、人口を1つ載せただけ——は商圏分析ではなく飾りです。以降の工程は、すべてこの3つの問いに対応しています。

工程1:データを揃える(無料の4点セット)

商圏分析に必要な公的データは、実質この4つで足ります。すべて無料で、出典を明記すれば商用資料にも使えます。

データ出典(年次)分かること詳細記事
500mメッシュ人口総務省「国勢調査」(令和2年/2020年・確定値)商圏内の人口・世帯・年齢構成入手手順と罠
駅別乗降客数(S12)国土数値情報 令和6年版(実績は令和5年度)駅前の人流・駅格の比較集計の罠
市区町村別 平均所得市町村税課税状況等の調(毎年度)エリアの購買力計算手順
位置参照情報国土交通省(毎年更新)顧客住所の座標化(外部送信ゼロで)ローカル変換手順

それぞれに初見でつまずく罠があります。メッシュ人口はCSVの文字コードと旧URLの404、駅データは路線ごとの重複計上(そのまま合計すると数倍に膨らみます)、所得は「納税者の平均」という分母の定義。詳細は各記事にまとめてあるので、実際にダウンロードする前に一読してください。

補助線として、昼の人口が重要な業態(ランチ・オフィス立地)は昼間人口と夜間人口の使い分けもこの段階で押さえておくと、後の評価がぶれません。

工程2:商圏の範囲を決める(円か、到達圏か)

範囲の決め方は商圏分析の最重要分岐です。編集部が同一店舗を3通りで実測した例(見晴デモデータ4店舗・夜間人口)では、圏内人口は次のように動きました。

範囲の取り方圏内人口(推定)特徴
半径4kmの円32.1万人手軽・比較しやすい・広告設定と同構造
徒歩10分の到達圏1.7万人(約1/19)徒歩業態の実態に近い
車15分の到達圏37.6万人(約1.2倍)幹線道路沿いに伸び、分断方向は欠ける
人口の3D柱の上に店舗の車10分到達圏を重ねた画面。道路網に沿った不定形の範囲が広がっている(見晴デジタルツイン・デモデータ)
車の到達圏の実例。円ではなく道路網に沿った不定形になる。範囲の取り方だけで圏内人口が約19倍動く以上、「どの範囲で測ったか」を書かない商圏人口は意味を持たない(見晴デジタルツイン・デモデータ)。

使い分けの原則はシンプルです。多店舗の俯瞰・比較・広告設定には円、来店可能性そのものの評価には到達圏。なぜそうなるかの深掘りは円商圏と実勢商圏はどれだけズレるかを、圏内人口の具体的な算出手順は商圏人口を無料で算出する4ステップを参照してください。

工程3:商圏を評価する(5つの物差し)

範囲が決まったら、その中身を評価します。物差しは5つ。すべて工程1のデータから計算できます。

  • 人口ボリューム:圏内の総人口。広告のオーディエンス規模の上限でもある
  • 距離帯別の内訳:0-1km/1-3km/3-5kmに分解。近距離に人口の核があるかで戦い方が変わる
  • 昼夜のバランス:昼間人口と夜間人口のどちらが業態の来店時間に合うか
  • 購買力:商圏平均所得(人口加重平均)。価格帯との整合を見る
  • 競合密度:商圏内の競合数と位置。同じ人口でも取り分が変わる
商圏人口・平均所得・駅乗降客数・競合数を1枚のカードにまとめた見晴の画面例(デモデータ・推定値)
5つの物差しを1枚のカードに揃えた例。複数店舗・複数候補地を「同じ物差し」で並べることが、評価工程の目的そのもの(見晴のデモデータ・推定値)。

評価工程のコツは、1店舗を深掘りする前に全店舗・全候補地を同じ表に並べることです。絶対値(人口32万人)は単体では判断できませんが、横並び(A店32万・B店18万・C店53万)になった瞬間に意味を持ちます。

工程4:広告・販促のエリアに落とす

商圏分析が最も即効性を持つのがこの工程です。Meta広告・Google広告の「ピン+半径」設定は、地図に描く商圏円と同じ構造なので、分析結果をそのまま配信設定に写せます

2店舗の配信円の重なりと競合の商圏、顧客分布を1枚の地図に重ねた見晴の画面例(デモデータ)
全店の配信円を1枚の地図に重ねた例。円の重なり=同じ会社の広告が二重配信されるエリア。多店舗の広告設計は「店単位の最適化」ではなく「地図単位の配置問題」になる(見晴のデモデータ)。

実務の論点は5つあり、それぞれ個別記事で深掘りしています。

チラシ・ポスティングも原理は同じで、距離帯別人口を配布エリアの根拠にすれば、デジタルとオフラインを1枚の地図で統合設計できます。

工程5:出店判断につなぐ

商圏の評価値は、最終的に「出店するか・いくらまで投資してよいか」に変換して初めて経営の言葉になります。変換式はシンプルです。

変換式

有効商圏人口 × 想定獲得率 = 想定顧客数想定顧客数 × LTV(顧客生涯価値) = 想定売上。これを初期出店コストと月間運営コストに突き合わせれば、投資回収期間が概算できます。獲得率とLTVは仮定値なので、必ず「仮定」と明記し、既存店の実績が出たら差し替えます。

LTV・獲得率・コストのパラメータから候補地ごとの想定顧客数・売上・回収期間を比較した見晴の出店評価画面(デモデータ・概算)
候補地4つを「人口→想定顧客→想定売上→回収期間」で横並び比較した例。回収期間の序列が出れば、出店会議の議論は「感想」から「前提の妥当性」に変わる(見晴のデモデータ・概算値)。

ここでも原則は「同じ物差しで横並び」です。候補地Aだけ熱心に調べて候補地Bは雰囲気で語る、という会議を防ぐことが、この工程の実務的な価値です。

進め方テンプレ:最短1日版と1週間版

工程最短1日版じっくり1週間版
①データメッシュ人口のみ取得4点セットすべて取得・整形
②範囲業態の定石半径で円を描く円+徒歩/車の到達圏で両面測定
③評価圏内人口と競合数だけ横並び5つの物差しをフル装備+実顧客住所の突合
④広告現状の配信半径と円のズレ確認全店の重複解消+半径再設計+検証設計
⑤判断—(材料出しまで)回収期間の概算+稟議資料化

1日版でも「勘で決めた半径」よりはるかにましな判断ができます。まず1日版で回して、意思決定の重さに応じて1週間版に深めるのが現実的です。

出典:総務省統計局「国勢調査」(令和2年/2020年・確定値)500mメッシュ、国土数値情報「駅別乗降客数データ(S12)」令和6年版(実績は令和5年度)、市町村税課税状況等の調、国土交通省「位置参照情報」。到達圏の実測値は見晴デモデータ4店舗・夜間人口・Mapbox Isochrone APIによる算出(2026年7月)。掲載画面はすべて見晴のデモデータ(架空のカフェチェーン・推定値)です。

よくある質問

エクセルだけで本当にできますか?

①〜③の基本工程はできます。メッシュ人口CSV+距離計算の数式+SUMIF系の合算が中核で、特別なソフトは不要です。ただし「複数店舗×複数半径×何度もやり直す」段階に入ると手作業コストが膨らむため、そこがツール導入を検討する境目です。

人流データ(携帯位置情報)は必要ないのですか?

休日の人出や時間帯別の詳細な滞在人口が意思決定を左右する業態(大型商業・観光立地など)では価値があります。一方、一般的な店舗の出店・広告判断は、この記事の公的データ4点セットで大部分をカバーできます。まず無料データで枠組みを作り、それでも足りない問いが明確になってから有償データを検討する順番が、費用対効果の面で合理的です。

商圏分析はどれくらいの頻度で見直すべきですか?

データの更新周期に合わせるのが基本です。国勢調査は5年ごと(メッシュ確定版は現在令和2年)、駅乗降客数と所得は毎年更新されます。実務上は「年1回の定期見直し+出店・改装・広告再設計のタイミングで都度」が目安です。