多店舗の広告予算は、なぜか「全店に同じ額」で配られがちです。公平に見えるからです。しかしこの慣習には見落としがあります。店舗の中には、広告を出さなくても客が来る店があるということです。

紹介・口コミ・指名検索だけで予約が埋まっている店に広告を被せると、何が起きるか。この記事では「二重の損」の構造と、広告を止めてよい店の見分け方、そして止めた後のエリア設計までを、実例(固有名詞はマスクしています)つきで解説します。

結論

自然流入で埋まっている店への広告は、無料で来るはずだった客に広告費を払う損と、その予算を伸ばせる店に回せなかった損の二重の損になります。見分ける物差しは「広告なし期間の実績」。止めた店には、隣接店の配信円が届かないように半径を絞り、指名検索だけ拾う構えが基本です。

この記事の要点
  • 広告の価値は「広告が増やした分(増分)」だけ。もともと来る客への配信は増分ゼロ
  • 見分け方は広告なし期間の予約実績・流入経路の内訳・指名検索比率の3点セット
  • 止める店を決めたら、隣接店の円がその商圏に食い込まない半径に絞る(円の重なり確認)

「二重の損」の構造:広告の価値は増分だけ

広告の本当の価値は、「広告があったから増えた分(増分=インクリメンタリティ)」だけです。広告がなくても来た客が広告経由で計上されると、管理画面のCPAは立派に見えますが、事業としてはタダで手に入るはずだった客に代金を払ったことになります。

自然流入で埋まっている店の場合、この現象がほぼ全件で起きます。しかも損はそこで終わりません。

損その1:無料客への支払い

紹介や指名検索で来るはずだった客が広告をクリックして来店すると、その分の広告費は「もともと起きる成約」への上乗せコストになります。管理画面上はCVが付くため、損として認識されにくいのが厄介な点です。

損その2:機会損失

その予算を「広告を出せば伸びる店」(認知が足りない新店・商圏人口はあるのに集客が弱い店)に回していれば得られた成約を、丸ごと取り逃しています。多店舗運用では、こちらの損の方が大きいことがよくあります。

「予約が埋まっている店の広告」はブランディングと呼ばれて正当化されがちですが、席数・枠数に上限がある店舗ビジネスでは、埋まっている店の需要をさらに焚きつけても売上の上限は変わりません

広告を止めてよい店の見分け方(3つの物差し)

物差し見るもの「止めてよい」サイン
広告なし期間の実績広告を止めていた(または出していなかった)期間の予約・来店数広告なしでも枠が埋まっていた実績がある。最も強い証拠
流入経路の内訳予約時アンケート・電話での「何で知ったか」・参照元紹介・口コミ・既存客のリピートが大半を占める
指名検索の比率検索広告・自然検索のクエリ(店名・ブランド名での検索)店名指名での流入が多く、一般ワードに頼っていない

3つのうち2つ以上が該当するなら、その店はエリア配信を止める(または大幅に縮小する)候補です。逆に、判断材料が何もない場合は、2〜4週間だけ広告を止めて実績を観測するのが確実です。埋まり続ければ止めてよし、明確に落ちれば広告が効いていた証拠なので再開します。どちらに転んでも「答えが手に入る」ので、この実験は損になりません。

実例:開業以来、広告ゼロで埋まる店

実例(固有名詞はマスクしています)

首都圏で教室型サービスを多店舗展開するA社には、開業以来ほとんど広告を出していないのに予約が埋まり続ける店舗(X店)がありました。立地が生活動線上にあり、既存客の紹介が強いためです。多店舗展開を進める中で「全店に同額の広告予算を」という案が出ましたが、X店はあえて配信対象から外しました

さらに重要なのはその後です。X店の周辺に新しい店舗を出す際、新店の配信半径をそのまま広げるとX店の商圏に円が食い込み、X店に「無料で来るはずの客」へ広告が当たってしまいます。そこで新店の半径は、X店の円とぎりぎり接するところまでで止める設計にしました。浮いた予算は、認知が足りていない別の店舗に集約しています。

※ X店で拾い続けているのは店名の指名検索のみ。指名は「すでに探している人」への案内なので、エリア配信とは役割が別です。

止めた後のエリア設計:隣の円を届かせない

広告を止める判断をしても、それで終わりではありません。隣接店の配信円がその店の商圏に食い込んでいたら、結局同じ損が起きます。多店舗の配信設計は、店単位ではなく地図単位で考える必要があります。

2店舗の配信円が重なった部分と競合の商圏円を可視化した見晴の画面例(デモデータ)
2店の円が重なった部分(重複エリア)には同じ会社の広告が二重に届く。広告を止めた店の商圏に隣の円が食い込んでいないかは、円を描けば一目で分かる(画面は見晴のデモデータ。実在の店舗ではありません)。

手順は3つだけです。

1

全店の配信半径を1枚の地図に描く

広告を止めた店も含めて全店の円を描きます。止めた店の円は「配信円」ではなく「守るべき商圏」として扱います。

2

止めた店の商圏に食い込む円を絞る

隣接店の半径を、止めた店の円と接するところまで縮めます。縮めた分の人口が配信の安定に足りるかはメッシュ人口で確認します(半径の決め方の全手順はこちら)。

3

浮いた予算の行き先を決める

削った予算は全体に薄く戻すのではなく、「商圏人口はあるのに認知が足りない店」に寄せます。店舗ごとの商圏の実力は商圏人口所得・競合密度で比較できます。

前提:掲載画面は見晴のデモデータ(架空のカフェチェーン・推定値)です。実例は複数クライアントでの運用経験を、特定を避ける形で再構成しています(実数値は非公開)。増分(インクリメンタリティ)の厳密な測定には地域分割テスト等の手法がありますが、本記事は店舗規模で実行可能な簡易判定を扱っています。

よくある質問

広告を止めたら、じわじわ認知が落ちていきませんか?

可能性はあります。だからこそ「止めて観測する」を推奨しています。2〜4週間で予約が落ちればすぐ再開すればよく、落ちなければその期間の広告費が丸ごと浮きます。恒久的に止める判断も、四半期ごとに実績を見て更新するのが安全です。

指名検索の広告も止めるべきですか?

別枠で考えてください。指名検索は「すでにその店を探している人」への道案内で、費用も小さいことがほとんどです。競合が店名ワードに入札している場合は、防衛として残す判断が合理的です。この記事で止める対象にしているのは、エリアへの新規向け配信です。

フランチャイズで、加盟店から「うちにも広告を」と言われます。

「予算を配る」のではなく「増分が見込める場所に配る」という基準を、地図と数字で示すのが有効です。商圏人口・競合密度・現状の埋まり具合を店舗横断で並べれば、「なぜこの店に厚く、この店はゼロなのか」を感情ではなくデータで説明できます。