商圏分析の第一歩は、地図に円を描くことです。半径3km、5km——手軽で、誰にでも説明できて、広告の配信設定(ピン+半径)ともそのまま揃う。円商圏は実務の共通言語です。

ただし円には、昔から知られた弱点があります。人は半径ではなく、道路と時間で移動するということです。「円と実態はズレる」という指摘自体は目新しくありませんが、では実際にどれだけズレるのかを数字で示した記事は多くありません。この記事では、同じ店舗を「円」と「移動時間の到達圏」の両方で測り比べた実測値を公開します。

結論

同一店舗の圏内人口(夜間・推定)は、半径4kmの円で32.1万人、徒歩10分の到達圏で1.7万人。約19分の1です。一方、車15分の到達圏は37.6万人で円より広い。つまり円は「徒歩業態では過大、車業態では方向次第で過小」にズレます。円は初期仮説と多店舗の俯瞰に使い、来店手段が明確な業態の意思決定には到達圏を併用するのが実務解です。

この記事の要点
  • 実測(デモ4店舗・夜間人口):半径4km=32.1万人/徒歩10分=1.7万人/車15分=37.6万人
  • ズレの原因は「移動速度」と「分断」(川・線路・幹線道路)。円はどちらも考慮しない
  • 円が悪いのではなく、用途が違う。俯瞰・重複チェックは円、来店可能性の評価は到達圏

用語の整理:円商圏・実勢商圏・到達圏

用語意味作り方
円商圏店舗を中心に半径◯kmで描いた円地図に円を描くだけ。広告の「ピン+半径」設定と同じ構造
到達圏(等時圏)「徒歩10分」「車15分」など、一定時間で実際に到達できる範囲道路ネットワークをたどって計算。川や線路の分断が反映される
実勢商圏実際の顧客が住んでいる範囲(来店実績ベース)顧客住所を地図に落として測る。開業前には存在しない

実勢商圏は「答え」ですが、実績がないと描けません。到達圏は、実勢商圏を開業前に近似するための道具と位置づけると分かりやすいです。

実測:同じ店を3つの物差しで測る

見晴のデモデータ(架空のカフェチェーン4店舗・埼玉県)で、同一店舗の圏内人口を3通りに集計した実測値です(夜間人口・国勢調査 令和2年/2020年 500mメッシュによる推定・2026年7月実測)。

商圏の取り方圏内人口(推定)半径4km比
半径4kmの円32.1万人
徒歩10分の到達圏1.7万人約1/19
車15分の到達圏37.6万人約1.2倍

形の違いは、実際の画面で見るのが早いです。まず徒歩10分圏。

人口の3D柱の上に店舗の徒歩10分到達圏を重ねた見晴デジタルツインの画面。到達圏はごく狭く、パネルに夜間1.7万人と表示されている(デモデータ・推定値)
徒歩10分の到達圏(店舗中心の小さな多角形)。左下パネルの通り圏内人口は夜間1.7万人。半径4kmの円のイメージで配信すると、歩いて来られる人の約19倍の母集団に広告費を撒くことになる(見晴デジタルツイン・デモデータ)。

次に、同じ店の車10分圏。円ではなく、道路網に沿った不定形に広がっているのが分かります。

同じ店舗の車10分到達圏。道路網に沿って不定形に広がり、川や線路で欠けている形が見える(見晴デジタルツイン・デモデータ)
同じ店舗の車の到達圏。幹線道路の方向へ大きく伸び、分断のある方向は欠ける。車業態の商圏は「円より広いが、形が違う」(見晴デジタルツイン・デモデータ)。

なぜここまでズレるのか

ズレの原因は2つに整理できます。

  • 移動速度:徒歩10分で進めるのはせいぜい800m前後。半径4kmの円は「徒歩50分圏」を含んでいる計算になり、日常利用の来店実態からかけ離れます。
  • 分断:川・線路・大きな幹線道路は、直線距離が近くても移動時間を大きく延ばします。到達圏が不定形になるのはこのためで、円はこの分断を一切考慮しません。

重要なのは、ズレの向きが業態で逆になることです。徒歩業態では円は大きすぎ(過大評価)、車業態では速い道路の方向に対して円は小さすぎる(過小評価)ことすらある。「円は常に盛っている」わけではなく、「円は移動の現実を知らない」が正確な理解です。

実務での使い分け:円で足りる場面、到達圏が必要な場面

場面推奨理由
多店舗の全体俯瞰・重複チェック全店を同じルールで比べるのが目的。広告の半径設定とも構造が揃う
広告の配信エリア設定円(設定上の制約)Meta/Googleの設定はピン+半径。ただし半径の値は到達圏の実態を見て決める
徒歩業態の出店判断・売上予測到達圏円との差が約19倍。円で判断すると商圏人口を桁で読み違える
車業態の出店判断到達圏+円分断と幹線道路の伸びは到達圏でしか見えない。円は上限の目安に
チラシ・ポスティングの配布設計到達圏→町丁目に変換「歩いて来られる範囲」に配布エリアを寄せると無駄が減る

まとめると、円は「比較と設定の言語」、到達圏は「来店可能性の言語」です。どちらか一方に統一する必要はなく、目的で使い分ければ、円の手軽さを捨てずに判断の精度だけを上げられます。

出典:圏内人口は総務省統計局「国勢調査」(令和2年/2020年・確定値)500mメッシュによる推定。到達圏はMapbox Isochrone APIによる算出(2026年7月実測)。数値はいずれも見晴のデモデータ4店舗・夜間人口の実測値で、条件が変われば値も変わります。

よくある質問

昼間人口で測ると結果は変わりますか?

変わります。オフィス街の店なら昼間人口、住宅街の店なら夜間人口が実態に近くなります。昼間人口と夜間人口の違いと調べ方で解説しているとおり、業態の「来店する時間帯」に合わせて選ぶのが原則です。

到達圏の「徒歩10分」は何を根拠に選べばいいですか?

業態の利用頻度で決めます。毎日〜週数回使う業態(カフェ・スーパー・ジムなど)は徒歩5〜10分、月数回の業態は徒歩15分や自転車圏、目的来店の業態は車15〜30分が出発点です。最終的には実勢商圏(顧客の実住所分布)で検証して補正します。

円商圏はもう使わない方がいいのでしょうか?

いいえ。この記事の実測はむしろ「円の使いどころを間違えなければ問題ない」ことを示しています。多店舗の俯瞰・重複チェック・広告設定の3場面では、今も円が最速の道具です。危険なのは、徒歩業態の売上予測のような「来店可能性そのもの」の判断に円を使うことです。