「一次商圏は半径何キロですか」という質問は、出店の検討でも広告のエリア設計でも必ず出てきます。ところが、どこかに正解の数字が書いてあるわけではありません。参照先によって示される目安は違い、根拠までさかのぼれないことも多いため、どれが正しいのか判断できないまま、とりあえず円を引いて先へ進んでしまう場面が生まれます。

この記事では、まず一次商圏・二次商圏に公的な定義があるのかを、中小企業庁の商圏調査マニュアルと大規模小売店舗立地法の原文で確かめます。そのうえで、距離で切る方法が実態からどれだけズレるのかを実測値で示し、自分のデータで一次商圏を決める手順に置き換えます。商圏分析の全体像から確認したい方は、商圏分析のやり方 完全ガイドにデータ入手から出店判断までの流れをまとめています。

結論

一次商圏・二次商圏・三次商圏は実務でつくられた区分です。官公庁が商圏調査の項目をまとめている中小企業庁「実践行動マニュアル」(平成15年度)のⅠ-5.商圏調査を通しで読んでも、一次商圏・二次商圏・三次商圏という語は1度も出てきません。同マニュアルが使うのは「広域商圏と近隣商圏」という2区分で、しかも商圏の形について「商圏は半径○○kmといった単純な形ではなく、上記の各要因の影響から、不規則な雲型になります」と明記しています。国が距離を数式に入れているのは、大規模小売店舗立地法の指針が定める必要駐車台数の算定で使う「駅からの距離」だけで、そこでも来客の範囲を半径で切ってはいません。つまり「一次商圏は何キロが正解か」に、参照できる公的な正解はありません。

この記事の要点
  • 中小企業庁「実践行動マニュアル」Ⅰ-5.商圏調査に一次商圏・二次商圏・三次商圏の語は0回。使われているのは広域商圏と近隣商圏の2区分
  • 同マニュアルは「商圏は半径○○kmといった単純な形ではなく、上記の各要因の影響から、不規則な雲型になります」と書いている
  • 大規模小売店舗立地法の指針の必要駐車台数の式は「一日の来客数(店舗面積当たり日来客数原単位×店舗面積)×ピーク率×自動車分担率÷平均乗車人員×平均駐車時間係数」。半径は入っていない
  • 距離が入るのは自動車分担率だけで、そこで使うのは「駅からの距離(m)」。指針のピーク率は14.4%で固定
  • 同じ地点でも切り方で母数は動く。見晴のデモ4店舗の夜間人口実測は半径4km 32.1万人/徒歩10分 1.7万人/車15分 37.6万人(2026年7月23日実測)

一次・二次・三次商圏の一般的な使われ方

実務で使われている区分は、おおむね次の考え方です。

区分一般的な位置づけ使いどころ
一次商圏来店客の大半を占める中心的な範囲チラシ配布、店頭販促、来店頻度の想定
二次商圏一次の外側で、一定の来店が見込める範囲広告配信エリア、競合との重なりの検討
三次商圏まれに来店がある外縁部認知施策、大型店・目的来店型の検討

ここで重要なのは、この3区分が来店客の構成比を説明するための言い方だという点です。「来店客の何割を占めるか」で切るのが本来の考え方で、半径何キロという数値はその結果として後から付いてくるものです。ところが実務では順序が逆転しやすく、先に半径を決めて母数を数え始めてしまいます。

順序が逆転すると何が起きるかは、円商圏と実際の来店範囲のズレとして現れます。この点は円商圏と実勢商圏はどれだけズレるかで個別に扱っています。

公的な定義があるかを原文で確かめる

まず、官公庁が商圏調査の項目をまとめた資料を見ます。中小企業庁「平成15年度 実践行動マニュアル」のⅠ-5.商圏調査は、商圏をこう定義しています。

来街・来店しているお客さまの居住範囲を『商圏』と呼びます。商圏には現在お客さまが来ている地理上の範囲である現状の商圏と、新たなお客さまとなる可能性を持つ潜在商圏があります。又、商圏は各店舗の規模や業種業態によって異なり、一般的に最寄品は狭く、買回り品は広くなります

ここで注目したいのは、この節を通して一次商圏・二次商圏・三次商圏という語が1度も出てこないことです。区分らしきものとして出てくるのは「広域商圏と近隣商圏を設定した場合、それぞれの可能性は?」という問いかけの部分だけで、2区分です。距離の目安も示されていません。

むしろマニュアルは、距離で切ることを明確に否定する書き方をしています。

商圏は半径○○kmといった単純な形ではなく、上記の各要因の影響から、不規則な雲型になります

「上記の各要因」とは、同マニュアルが挙げるアクセス上の要因・競合上の要因・地理的要因・社会生活要因・心理的要因の5つです。社会生活要因には「中学校の学校区、公民館の区域」、心理的要因には「上位都市(より大きな都市)方向への志向性」といった、円ではまったく表現できない項目が並びます。商圏調査そのものの進め方は商圏調査とは?無料でできる範囲と手順で扱っています。

法令側はさらに素っ気なく、大規模小売店舗立地法(平成10年法律第91号)の本文にも、その指針(大規模小売店舗を設置する者が配慮すべき事項に関する指針・平成19年2月1日経済産業省告示16号)にも「商圏」という語が1度も出てきません。法が使うのは「周辺の地域」で、本文中に11か所あります。制度そのものの使い方は大規模小売店舗立地法とは?届出でわかる競合出店にまとめています。

国の式が距離を使う唯一の場所

とはいえ、指針はまったく数字を出していないわけではありません。必要駐車台数の算定については、はっきりした計算式が示されています。

必要駐車台数」=「小売店舗へのピーク1時間当たりの自動車来台数」×「平均駐車時間係数」=「一日の来客(日来客)数(人)」(「A:店舗面積当たり日来客数原単位(人/千平方メートル)」×「当該店舗面積」)×「B:ピーク率(%)」×「C:自動車分担率(%)」÷「D:平均乗車人員(人/台)」×「E:平均駐車時間係数」

この式に半径は入っていません。来客数の起点になっているのは店舗面積で、そこに原単位を掛けています。原単位Aは「商業地区/その他地区」と「立地市町村の行政人口40万人以上/40万人未満」の組み合わせで表が分かれており、指針は「人口」について「立地市町村の行政人口をいう」と定義しています。ピーク率Bは14.4%で固定です。

距離が現れるのは自動車分担率Cだけです。指針の表は分担率を「Lは駅からの距離(m)」を変数とする式で与えており、たとえば商業地区・人口100万人以上の区分では「7.5+0.045L(L<500)」「30(L≧500)」と定められています。指針は「駅」についても、鉄道利用者が少なくバス等を主要な公共交通手段として利用すると見込まれる場合には、法運用主体と協議してバスターミナル等を「駅」として扱えるとしています。

つまり国の枠組みでは、距離は「客がどこから来るか」ではなく「客が車で来るかどうか」を決める変数として使われています。商圏を半径で切る発想とは方向が違います。駅からの距離を扱うなら、乗降客数のデータが手元にあると判断が早くなります。入手方法は駅の乗降客数を無料で調べる方法(国土数値情報S12)にまとめています。

「何キロ」は業態で変わる

公的な定義がない以上、距離の目安は業態ごとの実態から決めることになります。同じ「一次商圏」でも、日常的に何度も来る店と、目的をもって年に数回来る店では範囲がまったく違います。業態別の目安は個別の記事で扱っています。

距離ではなく確率で重なりを扱いたい場合は、ハフモデルという方法があります。ただし必要なデータと前提が重く、実務での限界もあります。この点はハフモデルとは?計算式と実務での限界で整理しています。

距離で切ると母数はどれだけ動くか

切り方を変えると母数がどれだけ変わるのかは、実測すると一目で分かります。見晴のデモに収録している4店舗について、同じ地点の夜間人口を3通りの切り方で出したのが次の値です(2026年7月23日実測)。

切り方デモ4店舗の夜間人口半径4kmとの比
半径4kmの円32.1万人1.0倍
徒歩10分の到達圏1.7万人約0.05倍
車15分の到達圏37.6万人約1.2倍

徒歩10分と車15分では、母数が約22倍違います。半径4kmという円は、徒歩来店を前提とする業態にとっては大きく出すぎ、車来店を前提とする業態にとっては小さく出すぎるということです。「一次商圏=半径何キロ」という置き方が危ういのは、この差を1つの数字で吸収しようとするためです。

なお、この値は特定の4地点の夜間人口を条件付きで比較したものであり、どの地点でも同じ比になるという意味ではありません。数字を計画書や社内資料に載せるときは、必ず切り方(円か到達圏か、何分か)と人口の種類(夜間人口か昼間人口か)と年次をセットで書いてください。昼間人口と夜間人口の違いは昼間人口と夜間人口の違いと調べ方で扱っています。

自分のデータで一次商圏を決める手順

公的な定義がないということは、逆に言えば自分で定義して根拠を示せばよいということです。現実的な手順は次の4つです。

  1. 来店客の住所を集める。ポイントカード、アンケート、配達先、予約時の住所など、既存店があるなら手元にあります。新規出店なら近隣の既存店の実績を使います。
  2. 住所を緯度経度に変換して地図に載せる。国土交通省の位置参照情報(大字・町丁目レベル)を使えば無料で変換できます。精度は丁目の代表点なので数十から数百メートルの誤差ですが、キロ単位の商圏の議論には十分です。手順は住所を緯度経度に一括変換する方法(位置参照情報)にあります。
  3. 来店客の累積構成比で切る。近い順に並べて累積60から70%に達する範囲を一次商圏、90%前後までを二次商圏と置くのが分かりやすい切り方です。ここで初めて「自店の一次商圏は半径◯km」という数字が出ます。
  4. その範囲の人口を数える。国勢調査の500mメッシュ人口を使えば、円でも到達圏でも同じ粒度で母数が出せます。現時点の確定値は令和2年(2020年)です。取得手順は国勢調査の500mメッシュ人口を無料で入手する手順に、算出の流れは商圏人口の調べ方。無料で算出する4ステップにまとめています。

この順で決めた一次商圏は、社内でも金融機関でも説明が通ります。「一般に一次商圏は半径2kmと言われているため」ではなく、「自店の来店客の68%がこの範囲から来ているため」と書けるからです。立地調査全体の進め方は立地調査とは?公的データでの進め方を参照してください。

よくある質問

Q. 一次商圏は半径何キロが正解ですか。
A. 参照できる公的な正解はありません。中小企業庁「実践行動マニュアル」Ⅰ-5.商圏調査には一次商圏・二次商圏・三次商圏という語が1度も出てこず、同マニュアルは「商圏は半径○○kmといった単純な形ではなく、上記の各要因の影響から、不規則な雲型になります」と書いています。大規模小売店舗立地法の本文とその指針には「商圏」という語自体が出てきません。実務では来店客の累積構成比で切り、結果として出た距離を自店の一次商圏として使います。業態別の一般的な目安は、スーパー・コンビニ・飲食店それぞれの記事で整理しています。

Q. 国が距離を使っている場面はありますか。
A. あります。大規模小売店舗立地法の指針が定める必要駐車台数の算定式のうち、自動車分担率を求めるところで「駅からの距離(m)」が変数として使われています。ただしこれは来客の範囲を示すものではなく、来客が自動車で来る割合を推定するための変数です。同じ指針のピーク率は14.4%で固定されています。

Q. 円で切るのと到達圏で切るのでは、どれくらい差が出ますか。
A. 見晴のデモ4店舗の夜間人口を2026年7月23日に実測した値では、半径4kmの円が32.1万人、徒歩10分の到達圏が1.7万人、車15分の到達圏が37.6万人でした。徒歩10分と車15分では約22倍の開きがあります。これは特定の4地点の条件付きの比較であり、どの地点でも同じ比になるわけではありません。

Q. 三次商圏まで分ける必要はありますか。
A. 来店頻度の低い目的来店型の業態や、広域から集客する大型店では意味があります。一方、日常利用が中心の業態では一次と二次の2区分で足りることが多く、三次まで分けても打ち手が変わらないなら分ける必要はありません。区分の数より、どの範囲に何人いるかを同じ粒度で数えられているかのほうが実務では効きます。