出店の候補地を絞るとき、人口や競合は必ず見ます。一方で「その場所が水に浸かる想定になっているか」は、契約直前まで誰も見ていないことがあります。

手がかりになるのが浸水想定区域です。水防法にもとづいて国や都道府県が指定するもので、洪水だけでなく内水と高潮にも別々の区域があります。ただしこの図は「想定し得る最大規模」の雨を前提にしており、そのまま「この場所は危ない・安全」と読める性質のものではありません。

この記事では、水防法の条文をもとに、浸水想定区域が何を示していて何を示していないのか、そして出店前にどこまで調べられるのかを整理します。商圏分析の全体像は商圏分析の完全ガイドをご覧ください。

結論

浸水想定区域は洪水・雨水出水・高潮の3種類で、それぞれ水防法第14条・第14条の2・第14条の3が根拠です。いずれも「想定最大規模降雨」=想定し得る最大規模の降雨を前提にした区域で、頻度を示すものではありません。また指定の対象は条文が挙げる河川・排水施設・海岸に限られるため、指定が無いことは浸水が起きないことの証明になりません。調べる入口は国のハザードマップポータルサイトの「重ねるハザードマップ」と「わがまちハザードマップ」の2つです。

この記事の要点
  • 浸水想定区域は3種類。洪水(第14条)・雨水出水=内水(第14条の2)・高潮(第14条の3)で、指定する主体も対象も別
  • 前提は想定最大規模降雨。条文が「想定し得る最大規模の降雨」と定義しており、起きやすさの指標ではない
  • 指定の対象は条文が挙げる河川・排水施設・海岸に限定。指定が無い=浸水しない、ではない
  • 指定されると公表と関係市町村長への通知が義務。変更にも同じ規定が準用される
  • 区域内の地下街等は、名称を市町村地域防災計画に定められると避難確保・浸水防止の計画作成が義務になる(第15条の2)
  • 調べる入口は重ねるハザードマップ(国が集約)とわがまちハザードマップ(市町村が作成した図へのリンク)

浸水想定区域は3種類ある

「浸水想定区域」と一言でいわれますが、水防法は3つを別々の条文で定めています。

種類条文指定する人想定する現象
洪水浸水想定区域第14条国土交通大臣(第1項)/都道府県知事(第2項)想定最大規模降雨により河川が氾濫した場合
雨水出水浸水想定区域第14条の2都道府県知事(第1項)/市町村長(第2項)想定最大規模降雨により排水施設に雨水を排除できなくなった場合
高潮浸水想定区域第14条の3都道府県知事想定し得る最大規模の高潮により海岸で氾濫が発生した場合

実務で効くのは2つめです。「雨水出水」は耳慣れませんが、条文の書き方を読むと内容がはっきりします。

「想定最大規模降雨により当該排水施設に雨水を排除できなくなつた場合又は当該排水施設……から河川その他の公共の水域若しくは海域に雨水を排除できなくなつた場合に浸水が想定される区域を雨水出水浸水想定区域として指定するものとする。」(水防法第14条の2第1項)

川があふれる話ではなく、下水道などの排水施設が処理しきれずに地上に水が出る現象です。一般に内水氾濫と呼ばれます。市街地の店舗にとってはこちらのほうが身近で、川から離れた立地でも起こりえます。洪水の区域だけを見て「川から遠いから大丈夫」と判断すると、この区域を丸ごと見落とします。

3つめの高潮は海岸に面した都道府県だけの話に見えますが、河口部の低地では検討対象になります。立地の地理的な条件をどう押さえるかは立地調査の方法に整理しています。

前提は「想定最大規模降雨」

3種類に共通する前提が、条文にはっきり書かれています。

「想定最大規模降雨(想定し得る最大規模の降雨であつて国土交通大臣が定める基準に該当するものをいう。以下同じ。)」(水防法第14条第1項)

読み方の要点は2つです。

1つめ。これは「起きやすさ」の指標ではありません。想定し得る最大規模の降雨を前提にしているので、区域に入っているからといって毎年浸かるわけではないし、想定水深がそのまま日常のリスクの大きさを表すわけでもありません。逆に、想定が大きいぶん区域は広く出ます。

2つめ。基準を定めるのは国土交通大臣です。つまり基準が変われば区域も変わりえます。実際、水防法第14条第5項は公表と通知の規定を「指定の変更について準用する」としており、変更がある前提で制度が組まれています。数年前に見た図をそのまま使わない、というのが実務上の結論になります。

指定の内容として明らかにする事項も条文にあります。「指定の区域、浸水した場合に想定される水深その他の国土交通省令で定める事項」(第14条第3項)です。区域だけでなく水深がセットで示されるため、同じ区域内でも場所によって意味が違います。店舗の設備を1階に置けるかどうかは、区域の内外ではなく水深で変わります。

誰が指定し、どこに出るのか

指定した後の扱いも条文に書かれています。

「国土交通大臣又は都道府県知事は、第一項又は第二項の規定による指定をしたときは、国土交通省令で定めるところにより、前項の国土交通省令で定める事項を公表するとともに、関係市町村の長に通知しなければならない。」(水防法第14条第4項)

公表が義務なので、原則として誰でも見られます。実際の入口は、国土交通省 水管理・国土保全局 防災課と国土地理院が運営するハザードマップポータルサイトです。ここには性格の違う2つの入口が並んでいます。

入口中身向いている使い方
重ねるハザードマップ洪水・土砂災害・高潮・津波のリスク情報、道路防災情報、土地の特徴・成り立ちなどを地図や写真に重ねて表示候補地を地図上で比べる。住所または現在地から引く
わがまちハザードマップ市町村が法令に基づき作成・公開したハザードマップへのリンク集出店先の市町村が公開している図そのものを見る

同サイトは、これらが「関係各機関が作成した災害リスク情報などの防災情報を、まとめて閲覧できるようにしたウェブサイト」であるとしたうえで、「掲載されているデータの内容や、リスク情報の解釈等については、作成した機関にお問合せください」と案内しています。つまりポータルは集約と表示の役で、解釈の責任は作成機関側にあります。契約前の最終確認は、市町村の担当部署か図の作成機関に当たるのが筋です。

区域のデータそのものをまとめて扱いたい場合は、国土数値情報にも浸水想定区域のデータがあります。データセットの探し方と使うときの注意は国土数値情報とは?商圏分析での使い方にまとめています。

指定が無い場所は安全か

ここがこの制度でもっとも誤解されるところです。条文は、指定の対象を限定列挙しています。

洪水浸水想定区域でいえば、第14条第1項・第2項が挙げるのは、洪水予報を行う河川や水位を周知する河川として指定した河川、特定都市河川浸水被害対策法により指定した河川、そのほか国土交通省令で定める基準に該当する一級河川・二級河川です。すべての川と水路が対象になっているわけではありません。

雨水出水も同じで、対象は「当該都道府県が管理する」あるいは「当該市町村が管理する」排水施設のうち、条文が挙げる4類型に限られます。

したがって、地図上で色が塗られていないことは次の2つのどちらかを意味します。

色が無い理由意味
指定の対象になっているが、浸水が想定されていないその現象については想定外という情報
そもそも指定の対象になっていない調べられていないだけ。情報が無い

この2つは地図の見た目では区別がつきません。「白い=安全」と読まないことが、この制度を使ううえでの最初の作法になります。判断が重い候補地では、市町村の担当部署に「この場所は指定の対象か」を直接確認する価値があります。

あわせて、土地の成り立ち自体も手がかりになります。重ねるハザードマップには土地の特徴・成り立ちの情報も収録されています。用途地域や都市計画からの読み取りは用途地域の調べ方都市計画マスタープランとは?に整理しています。

区域に入ると店舗の側で何が起きるか

浸水想定区域の指定は、その後の手続につながります。水防法第15条は、指定があったときに市町村防災会議が市町村地域防災計画で定める事項を挙げており、そこに施設の名前が出てきます。

「浸水想定区域……内に次に掲げる施設がある場合にあつては、これらの施設の名称及び所在地 イ 地下街等…… ロ 要配慮者利用施設(社会福祉施設、学校、医療施設その他の主として防災上の配慮を要する者が利用する施設をいう。……)…… ハ 大規模な工場その他の施設(イ又はロに掲げるものを除く。)であつて国土交通省令で定める基準を参酌して市町村の条例で定める用途及び規模に該当するもの……」(水防法第15条第1項第4号)

店舗の出店に関わるのは主にイの地下街等です。条文は地下街等を「地下街その他地下に設けられた不特定かつ多数の者が利用する施設」と定義し、「地下に建設が予定されている施設又は地下に建設中の施設であつて、不特定かつ多数の者が利用すると見込まれるものを含む」としています。これから作るものも入るということです。

名称と所在地を計画に定められた地下街等には、次の義務が生じます。

条文義務の内容
第15条の2第1項単独で又は共同して、利用者の避難の確保と浸水の防止のために必要な訓練その他の措置に関する計画を作成しなければならない
第15条の2第3項作成したときは、遅滞なく市町村長に報告するとともに公表しなければならない
第15条の2第5項・第6項市町村長は共同作成の勧告、未作成の場合の必要な指示ができる

ハのいわゆる大規模工場等は、用途と規模を市町村の条例が定めます(国土交通省令の基準を参酌)。つまりここでも自治体差があり、全国一律の線引きはありません。条例で規模が決まる構造は、駐車場の附置義務と同じ形です(駐車場の附置義務とは?)。

なお第15条第3項は、区域を含む市町村の長に、計画で定めた事項を住民や滞在者に周知させるため印刷物の配布その他の必要な措置を義務づけています。市町村が配っている冊子やウェブ掲載の図は、この規定にもとづくものです。

出店前に調べる手順

順番を決めておくと、抜けが出にくくなります。

やること見るもの
1候補地の住所で3種類をまとめて確認する重ねるハザードマップ(洪水・内水・高潮を切り替える)
2市町村が公開している図そのものを見るわがまちハザードマップ経由で市町村の図へ
3区域内なら想定水深を確認する区域だけでなく水深(第14条第3項の指定事項)
4指定の対象かどうかを確かめる市町村の担当部署。色が無い理由の切り分け
5物件形態に応じた義務を確認する地下の区画なら第15条の2、規模の大きい施設なら市町村の条例

候補地が複数あるなら、この結果を人口・競合と同じ表に並べておくと比較が早くなります。出店の判断材料をどう並べるかは出店計画書の書き方に、候補地の絞り込み全体の流れは立地適正化計画とは?もあわせてご覧ください。

出典:水防法(昭和24年法律第193号)第14条・第14条の2・第14条の3・第15条・第15条の2。条文は e-Gov 法令検索の法令データ(2026年9月8日取得)によります。ハザードマップポータルサイトに関する記述は国土交通省 水管理・国土保全局 防災課/国土地理院が運営する同サイト(2026年9月8日取得)の掲載内容によります。実際の指定状況・想定水深は各市町村および指定を行った機関にご確認ください。

よくある質問

浸水想定区域は何種類ありますか。

水防法は3つ定めています。第14条の洪水浸水想定区域(河川の氾濫)、第14条の2の雨水出水浸水想定区域(排水施設で雨水を排除できなくなった場合=内水)、第14条の3の高潮浸水想定区域です。指定する主体も対象も別々なので、洪水だけを見て終わりにすると内水や高潮を見落とします。

浸水想定区域に指定されていなければ安全ですか。

そうとは限りません。条文は指定の対象を条文が挙げる河川・排水施設・海岸に限っています。たとえば洪水浸水想定区域は、洪水予報河川や水位周知河川、特定都市河川、一定の基準に該当する一級河川・二級河川などが対象で、すべての水路が対象になっているわけではありません。指定が無いことは、その場所で浸水が起きないことの証明にはなりません。

水深の想定はどのくらいの雨を前提にしていますか。

「想定最大規模降雨」です。水防法第14条はこれを「想定し得る最大規模の降雨であつて国土交通大臣が定める基準に該当するもの」と定義しています。過去に起きた雨や計画規模の雨ではなく、想定し得る最大規模を前提にした図です。日常的に起きる浸水の頻度を示すものではない点に注意してください。

区域に入ると、店舗の側に義務は生じますか。

業種と施設によります。水防法第15条は、市町村地域防災計画に、区域内の地下街等・要配慮者利用施設・大規模工場等の名称と所在地を定めるとしています。名称を定められた地下街等の所有者または管理者には、第15条の2により避難確保・浸水防止の計画を作成し、市町村長へ報告して公表する義務が生じます。大規模工場等は国土交通省令の基準を参酌して市町村の条例が用途と規模を定めます。

どこで調べられますか。

国土交通省 水管理・国土保全局 防災課と国土地理院が運営する「ハザードマップポータルサイト」に2つの入口があります。洪水・土砂災害・高潮・津波のリスク情報を地図に重ねる「重ねるハザードマップ」と、市町村が法令に基づき作成・公開したハザードマップへリンクする「わがまちハザードマップ」です。同サイトは、データの内容やリスク情報の解釈は作成した機関に問い合わせるよう案内しています。

指定はいつ変わりますか。

決まった周期はありません。水防法第14条第5項は、公表と関係市町村長への通知の規定を指定の変更にも準用するとしています。つまり変更はありうる前提の制度です。数年前に調べた図がそのままとは限らないため、出店の判断に使うときは取得日を控えておくことをおすすめします。