商圏人口が3万人だと分かった。競合は5店ある。ここまでは公的統計で出せます。ところが「で、この商圏にいくらのお金が落ちているのか」になると、とたんに手が止まります。人口は人数であって、金額ではないからです。
その人数を金額に変える橋渡しが家計調査です。総務省統計局が毎月行っている調査で、1世帯が1か月に何にいくら使ったかが約550項目に分かれて出ています。商圏人口を世帯数に直して、この1世帯あたりの金額を掛ければ、その商圏の市場規模のおおよそが出ます。
ただし、この掛け算には落とし穴が2つあります。ひとつは市区町村単位の家計調査は存在しないこと。もうひとつは、市別の数字について統計局自身が「精度を確保しているのは年平均増減率」と書いていることです。この記事では、実際の計算手順と、その数字をどこまで信じてよいのかを整理します。商圏分析の全体像は商圏分析のやり方 完全ガイドにまとめています。
商圏の市場規模は「商圏世帯数 × 1世帯あたり年間消費支出」で推定します。2025年(令和7年)平均の総世帯の消費支出は1世帯当たり1か月259,880円、年に直すと約311.9万円です。ただし家計調査の標本は全国168市町村・二人以上8,076世帯で、市区町村ごとの数字は作られていません。手に入るのは全国平均・地方別・都市階級別と、都道府県庁所在市+大都市の52市までです。出てくるのは実額ではなく「全国並みだったら」の推定値だと割り切って使うのが正しい使い方になります。
- 計算は3ステップ。商圏人口 → 商圏世帯数 → ×1世帯あたり年間消費支出。世帯人員で割るところを飛ばすと結果が2倍以上ずれる
- 使う数字は二人以上/単身/総世帯の3種類。二人以上の世帯は月314,001円、単身世帯は173,042円で1.81倍の開きがある(2025年平均)
- 市区町村別の家計調査は存在しない。標本は全国で二人以上8,076世帯しかなく、統計局が精度を確保しているのは市別では「年平均増減率」であって金額の水準ではない
家計調査とはどんな調査か
家計調査は、統計法に基づく基幹統計「家計統計」を作るための調査です。統計局は目的を「国民生活における家計収支の実態を把握し、国の経済政策・社会政策の立案のための基礎資料を提供すること」としています。1946年7月の消費者価格調査から発展したもので、1962年7月に調査対象地域が全国の市町村に拡大されました。
調査は毎月。選ばれた世帯が家計簿を付け、二人以上の世帯は6か月間、単身世帯は3か月間続けて記録します。集計項目は約550項目にのぼります。
規模はこうなっています。
| 地域区分 | 調査市町村数 | 二人以上の世帯 | 単身世帯 |
|---|---|---|---|
| 全国 | 168 | 8,076 | 745 |
| 東京都区部 | 1 | 408 | 34 |
| 20大都市 | 20 | 2,016 | 168 |
| 都道府県庁所在市(大都市を除く) | 31 | 3,048 | 254 |
| 人口5万以上の市(上記以外) | 74 | 2,100 | 175 |
| 人口5万未満の市及び町村 | 42 | 504 | 42 |
全国で約8千世帯。これが「毎月の消費動向」として報道される数字の母数です。統計局は「全国の集計結果の精度を確保するために必要となる標本サイズ(約5,000世帯)」と書いており、残りは地方別・市別の精度を確保するために上乗せしたものだと説明しています。
なお、次の世帯は調査の対象から外れています。学生の単身世帯/病院・療養所の入院者や矯正施設の入所者等の世帯/料理飲食店・旅館・下宿屋を営む併用住宅の世帯/賄い付きの同居人がいる世帯/住み込みの営業上の使用人が4人以上いる世帯/世帯主が3か月以上不在の世帯/外国人世帯の7つです。学生街や外国人住民の多い地域で商圏を見るときは、この除外が効いてくることがあります。
市場規模を出す3ステップ
手順そのものは単純です。詰まるのはいつも2番目です。
国勢調査の500mメッシュを商圏の形で足し上げます。手順は商圏人口の調べ方と国勢調査の500mメッシュ人口にまとめています。円で切るか実際の到達範囲で切るかで数字が変わる点は円商圏と実勢商圏のズレを参照してください。
家計調査の金額は「1世帯あたり」なので、人数のままでは掛けられません。商圏人口を平均世帯人員で割ります。ここを飛ばすと結果が2倍以上ふくらみます。
家計調査の月額を12倍して年額にし、世帯数に掛けます。特定の業種を見たいときは、消費支出の総額ではなく費目別・品目別の金額を使います。
2番目の世帯人員は、2つの取り方があります。ひとつは全国平均を使う方法で、総務省「住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数」(令和8年1月1日現在)では1世帯あたり2.00人です。もうひとつは、その市区町村の実際の値を使う方法で、こちらのほうが精度は上がります。住民基本台帳と国勢調査の使い分けは住民基本台帳人口とは?で整理しています。
単身世帯の比率が高い都心部と、三世代同居が残る地域とでは、同じ人口でも世帯数が大きく変わります。全国平均で割った時点で、その差は消えていることは意識しておいてください。
二人以上・単身・総世帯のどれを使うか
家計調査の結果は3つの世帯区分で公表されています。金額がかなり違うので、選び方で結論が変わります。
| 世帯区分 | 平均世帯人員 | 消費支出(月) | 年額換算 | うち食料(月) |
|---|---|---|---|---|
| 総世帯 | 2.15人 | 259,880円 | 約311.9万円 | 77,394円 |
| 二人以上の世帯 | 2.87人 | 314,001円 | 約376.8万円 | 94,895円 |
| 単身世帯 | 1人 | 173,042円 | 約207.7万円 | 49,321円 |
二人以上の世帯と単身世帯では1.81倍の開きがあります。商圏を丸ごと見るなら、両方を含む総世帯を使うのが素直です。「二人以上の世帯」の数字はニュースでよく使われるので手に取りやすいのですが、単身世帯が多い商圏でこれを掛けると過大に出ます。
逆に、単身者向けの業態(コンビニ、単身向け飲食)を検討しているなら、商圏の単身世帯比率を国勢調査で確認したうえで、単身世帯の数字を分けて積むほうが実態に近づきます。業態ごとの商圏の見方はコンビニの商圏人口や飲食店の商圏範囲で扱っています。
実際に計算してみる
見晴のデモで実測した商圏人口(2026年7月23日時点・4店舗の夜間人口)を使って、そのまま計算してみます。世帯人員は全国平均の2.00人、支出は総世帯の年額約311.9万円、食料は年額約92.9万円(月77,394円×12)です。
| 商圏の切り方 | 夜間人口 | 推定世帯数 | 消費支出の総額 | うち食料 |
|---|---|---|---|---|
| 徒歩10分 | 1.7万人 | 約8,500世帯 | 約265億円/年 | 約79億円/年 |
| 半径4km | 32.1万人 | 約16.1万世帯 | 約5,005億円/年 | 約1,491億円/年 |
| 車15分 | 37.6万人 | 約18.8万世帯 | 約5,863億円/年 | 約1,746億円/年 |
徒歩10分と車15分では、人口で22倍、金額でも22倍の差になります。同じ「商圏」という言葉でも、切り方を決めないと市場規模は265億円にも5,863億円にもなるということです。数字を人に見せるときは、必ず切り方をセットで書いてください。
この金額は商圏内の世帯が使うお金の総額であって、自店の売上見込みではありません。同じ商圏に競合が何店あるかで取り分が決まります。競合の数え方は経済センサスの事業所数、取り分の配分を確率で考える古典的な手法はハフモデルで扱っています。
市区町村の数字は存在しない
ここがいちばん誤解されるところです。「うちの市の家計調査の数字を出してほしい」という依頼は、原理的に応えられません。
家計調査で市別の結果が公表されるのは、都道府県庁所在市と大都市の52市だけです。それ以外の市町村は、調査対象になっていても単独では表章されず、都市階級別・地方別に合算されます。全国で調査している市町村が168しかない以上、それ以上細かくは作れません。
さらに注意したいのが、その52市の数字の精度について統計局が書いている内容です。
「ア 全国平均及び世帯階層別(所得階層別、職業別など)の月別増減率や、都市階級別平均及び地方別平均の年平均増減率について、利用上支障のない精度を確保すること。
イ 都道府県庁所在市及び大都市別平均の年平均増減率について、利用上支障のない精度を確保すること。」
市別で精度が確保されているのは年平均の増減率です。金額の水準そのものではありません。「A市は年間◯◯円で、B市より高い」という市どうしの水準比較は、統計局が精度を担保している使い方ではないということになります。実際、都道府県庁所在市の調査世帯数は96世帯まで積み増して確保されている水準で、市の消費実態を代表させるには小さい標本です。
市区町村レベルの消費や所得の目安がどうしても要る場合は、別の統計に当たることになります。所得なら市区町村別の平均所得が課税データから作られており、こちらは全市区町村で取れます。より詳しい消費実態は全国家計構造調査という別の基幹統計があり、こちらは1959年以来5年ごとに実施され、令和6年調査が14回目にあたります。家計調査より標本が大きく、地域別の構造を見る目的で設計されています。
月で21パーセント動く
もうひとつ、単月の数字を年換算するときの落とし穴があります。消費支出は月によって大きく動きます。2025年の二人以上の世帯の月別実績はこうです。
12月 351,522円。年末の食料・贈答の需要が乗ります。
2月 290,511円。日数が少なく、季節需要も薄い月です。
差は61,011円、倍率にして1.21倍です。12月の数字を12倍すると、年間の実績(314,001円×12=約376.8万円)より約45万円多い見積もりになります。年換算するなら年平均の値を使う。単月しか手元にないときは、その月が繁忙月か閑散月かを必ず確認してください。
2025年は消費支出が名目4.6パーセント増、物価変動(3.7パーセント)を除いた実質でも0.9パーセント増で、3年ぶりの実質増加でした。物価が上がっている局面では、名目の金額が伸びていても実際に買っている量は減っていることがあります。市場規模の推定は名目の金額で行いますが、前年と比べるときは実質の増減率も併せて見ておくと読み違いが減ります。
この数字で言えること・言えないこと
推定値である以上、使いどころを間違えると意思決定を誤らせます。整理しておきます。
| 使い方 | 向き・不向き |
|---|---|
| 候補地Aと候補地Bの市場規模を比べる | 向いています。同じ仮定を両方に当てているので、差の方向は信用できます |
| 特定の費目(食料、教養娯楽など)で商圏の厚みを見る | 向いています。費目別・品目別の金額が公表されています |
| 自店の売上目標の根拠にする | 向いていません。競合の取り分も来店率も入っていません |
| 「この商圏は他より裕福だ」と言う | 向いていません。全国平均を掛けているので、商圏ごとの豊かさの差は式に入っていません |
| 市どうしの支出水準を比較する | 向いていません。市別で精度が確保されているのは年平均増減率です |
4つ目の「裕福さ」を反映させたい場合は、全国平均の支出額をそのまま使うのではなく、市区町村別の平均所得で補正する、あるいは昼間人口を見て就業者の流入を加味するといった調整が要ります。ただし補正を重ねるほど仮定が増えて、どこで外したのか分からなくなります。まずは素の推定値を出して、切り方の違いで比べるところから始めるのが実務的です。
将来の市場規模を見たい場合は、人口の側を動かします。世帯数の見通しは将来推計人口から当たりを付けられます。候補地そのものの評価は立地調査、商圏の範囲決めからの一連の流れは商圏調査にまとめています。
よくある質問
Q. 家計調査は何世帯を調べているのですか。
A. 全国168市町村で、二人以上の世帯8,076世帯、単身世帯745世帯(このほか寮・寄宿舎単位区の72世帯)です。統計局は、全国の集計結果の精度を確保するために必要な標本サイズを約5,000世帯としており、残りは地方別や市別の精度を確保するために上乗せしたものだと説明しています。二人以上の世帯は6か月間、単身世帯は3か月間続けて家計簿を記入します。
Q. 商圏の市場規模はどう計算しますか。
A. 商圏人口を平均世帯人員で割って商圏世帯数を出し、家計調査の1世帯あたり年間消費支出を掛けます。2025年平均の総世帯の消費支出は1か月259,880円なので、年額は約311.9万円です。たとえば商圏人口3.2万人・世帯人員2.00人なら1.6万世帯となり、消費支出の総額は約500億円という規模感になります。特定の業種を見たいときは、総額ではなく費目別・品目別の金額を使います。
Q. 二人以上の世帯と総世帯のどちらを使えばよいですか。
A. 商圏を丸ごと見るなら総世帯です。総世帯は二人以上の世帯と単身世帯を合わせたもので、2025年平均は1か月259,880円(平均世帯人員2.15人)。二人以上の世帯は314,001円、単身世帯は173,042円で1.81倍の開きがあるため、単身の多い商圏に二人以上の数字を掛けると過大に出ます。
Q. 自分の市の家計調査の数字は取れますか。
A. 都道府県庁所在市と大都市の52市以外は取れません。家計調査の調査市町村は全国で168しかなく、それ以外は都市階級別・地方別に合算されて表章されます。市区町村単位で消費や所得の目安が要る場合は、課税データから作られる市区町村別の平均所得や、5年ごとの全国家計構造調査を当たることになります。
Q. 都道府県庁所在市の数字なら、市どうしを比べてよいですか。
A. 水準の比較には向きません。統計局は結果利用上の観点として「都道府県庁所在市及び大都市別平均の年平均増減率について、利用上支障のない精度を確保すること」と書いており、精度を担保しているのは増減率です。金額の水準そのものを市どうしで比べる使い方は、想定された使い方ではありません。
Q. 単月の数字を12倍して年額にしてもよいですか。
A. おすすめしません。2025年の二人以上の世帯では、最も多い12月が351,522円、最も少ない2月が290,511円で1.21倍の差があります。12月を12倍すると年間実績より約45万円多く見積もることになります。年換算するときは年平均の値を使ってください。
Q. 調査対象から外れている世帯はありますか。
A. あります。学生の単身世帯、病院・療養所の入院者や矯正施設の入所者等の世帯、料理飲食店・旅館・下宿屋を営む併用住宅の世帯、賄い付きの同居人がいる世帯、住み込みの営業上の使用人が4人以上いる世帯、世帯主が3か月以上不在の世帯、外国人世帯の7つです。学生街や外国人住民の多い地域では、この除外が結果に影響することがあります。